経済・政治・国際

July 05, 2006

世界史の1ページ


  今朝起きたら、とんでもない事態になっていた。「おはよう」の代わりに母から言われたのが、


       「ミサイルが発射されたわよ」


  だった。寝起きに言われたから、まさに寝耳に水。驚いた。どこのチャンネルを回しても、このニュースばかり。非常に忌忌しき事態。安穏と構えている場合じゃないなと思った。・・・食パンを食べながら。


  日本人は、もっと危機的に感じても良いし、もっと様々な感情を抱いても良いんじゃないだろうか。大学に行ってそう感じた。何処と無く、「自分には関係ないけど」という空気が流れていた気がする。通りすがりの大学生の会話を聞くと、「ミサイル落ちたんだってさ~」というワイドショーの向こうで起きているというだけの感覚を受けた。何処まで、その深刻さを私たちは感じとれているんだろう。


      無関心であること


  これが、一番怖い。事実に対して他人事の様に捉えるよりは、憤りでも良い。自分の考えを持つべきだと思う。ある種無関心で、国家の決定に対しても淡々と受け入れることは、何の疑いも抱かず素直に応じ、マインドコントロールされているのと同じだ。確かに、日本人の若者たった一人では何も出来ないけど、問題意識を持つことは大事ではないかと思う。決して、無関係じゃないと思うから。

 
  衝撃的な事件が起きた時、私がぱっと思い浮かぶのはその時々の先生の顔だったりする。


  小4の3月、地下鉄サリン事件が起きた時、担任の先生の驚愕した顔が忘れられない。教室にいたら、先生が慌てた顔をして教室に入ってきてテレビを点けた。その顔を見て、子供ながらに「これは異常な事件なんだ」と理解した。
  

  高校生の時、「9.11テロ」が起きた時も、世界史の先生の顔を見て、極めて「尋常じゃない事件」だと思った。高1の時に世界史を習っていたから、テロについて理解できる部分もあった。ニュースを見て、史実と現在が繋がる部分もあった。あの時、教科として学んだものが現実に活きる感覚を初めて知った。でも、そんな悲しい事件でその感覚が磨かれるのは、哀しいことだった。

  
  今日も、その世界史の先生は、きっと生徒達に何かコメントをしているんだろうと思った。どんな顔をして話すんだろう。教育現場で、この事実はどんな風に伝えられていくんだろう。唐突に、歴史を教えることの意義と、難しさを感じた。いざという時、過去の歴史と現在の社会への理解・知識は、判断に必要な力だと思う。「世界史」を学ぶ意義は、ただ単に受験の為だけじゃない。きちんと理解しなければならないし、これから生きていく上でも必須だと思う。もし、教員になるとしたら、「公平」な歴史感覚を伝えられる教員になりたい。


  今回のことも、これからの日本人が背負い、処理して、対応していかねばならないとしたら、歴史感覚・国際感覚が重要になるなと思う。もう少し、色々学び、考える力を養った方が良いよね、我々は。何より、自分達のことだと。


  ミサイル発射で、死者が出ないことを心から祈っています。今の自分には、それしか出来ないから。


 

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September 11, 2005

初投票

  今日は、何かと注目されてきた衆議院議員選挙の日ですね。選挙権を得てから、初めての国会議員の選挙。イマイチ、自分にも選挙権があると、実感が湧かないけれど、ちゃんと家にも葉書が届いたし、先人達が勝ち取った権利を眠らすのはよろしくないと思い、バイトが終わった後、近所の小学校へ投票に出掛けた。

  連日、駅前で各党が演説をし、マニフェストを配っていた。自分がバイトをしているお店の前の広場にも、小泉さんが現れたらしい(この時、お店はとても混んだらしい。小泉首相特需?!)。ところが、各党が何を訴えているのか、よく分からない。「郵政」ととかく叫ばれても、自分にはピンと来ない。論点はそこだけじゃないよなあと思ったりして。もっと、身近な問題があるだろうに・・・。自衛隊派遣とか、年金問題とか、福祉問題とか。こんな一人の小さい有権者には、届かない言葉の数々だった。「分かりにくい→だから、興味がなくなる→私には関係ないわ」という図式が簡単に出来るのは、尤もな事ではないだろうか。経済のことを、自分が全然学んでいないから、判断出来ないという理由もあるけれど。やっぱり、もっと世の中のことを勉強しないと。
  そして、選挙の投票率を上げる為、若者の意識を向上させたいなら、それも教育(社会科教育)の重要な課題なんだろうと思う。自分達の国のことを考え、自分の意志で、自分達の生活に関わる議員を「選ぶ判断能力」というのも、大事な「生きる力」ではないだろうか。何か有事の際には、「政治的判断能力」が、国民には必要不可欠なはずだ。今、もし、国家が危機に瀕したら、日本の若者は行動できるだろうか。「俺、国には関係ないし・・・」とかいう事態も想定できるではないですか。「愛国心」とは違うけれど、国を考える力も、大切だ。個人が在って国家が在るし、国家が在って、個人が在るから。生き抜く力は、こういう所にも応用しなければ。

  さてさて、近所の小学校に着いて、初の投票が始まる。何だか緊張した。投票自体は、簡単なものだったけれど、緊張したのだ。最高裁判所裁判官の国民審査も、初めてやった。今まで、勉強してきたものを、実際に行為してみて、より実感した。体験学習みたいなものかな。

  自分の一票が、困っている人に、届きます様に。

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August 07, 2005

戦後60年

 一日遅れましたが、昨日は広島に原爆が落とされたあの日から、丁度60年が経った日でした。今から、4年前の8月6日の早朝、私も、広島市にいて、千代田区の平和使節団の一員として、平和記念式典に参列していました。

 高校2年生でした。制服を着て、胸にリボンを付け、参列し、黙祷をし、静まり返ったその瞬間に、空に向かって、地球に向かって、あの日に向かって、祈りを心から捧げていました。沈黙が、沈黙だからこそ、訴えてくるものが大きかった。静寂が、痛いくらいだった。私が、訪れたその日は、原爆が落とされた日と偶然にも同じ曜日だった。

 その年の5月に、修学旅行で九州を訪れていた。九州は、鹿児島から福岡まで縦断する非常に楽しい旅だった。その旅では、戦争の地も回った。鹿児島では、知覧の特攻会館を訪れ、自分達と変わらない年頃の特攻隊員達の悲しい末路を知った。長崎では、原爆資料館に行った。そこで感じたことは、もっと、自分は事実を知らなければならないということだった。それまで、知らな過ぎた。平和に生きてきて、平和を享受し過ぎていた。感覚が、平和そのものだった。何も知らない自分が、歯痒かった。だから、千代田区が広島・長崎・沖縄に派遣する平和使節団を募集していると知った時、迷わず応募した。作文がどうにか選考を通り、使節団の一員に選ばれ、広島に行ったのだった。

 貴重な体験だった。いかに、人間が愚かな生き物であるか、よく分かった。過ちを犯したこと、それを招いたこと、それも愚かだったと思うけれど、それよりも、何も知らず、何も思わず、のうのうと当たり前の様に、普通に今を生きている人たちも、十分に愚かだと思った。「自分には関係ない」、それこそが、本当に愚かだ。

 世界史で、学んだ戦争のこと。テレビで流れるイラク戦争のこと。今も各地で起こるテロ行為。どれも、他人事に済ましてはいないだろうか。確かに、存在は遠い。でも、それはただの言い訳にしかならない。事実を知らないこと。こんなに悲しいことはないだろう。私が、世界史を執拗に学ぶ意義があると思うのは、この点もある。過去を知らなければ、現在抱える痛みを分かることは出来ないから。世界に観光に行く人には、美しい面・綺麗な面だけではなく、こうした、人間の持つ裏をも、見てきて欲しい。

 教育的な話をするなら、「歴史」の教科書が気になる。事実は事実として、曲げずに全て教えるべきではないか。その上で、冷静に良識的に判断できる日本人を育成するべきではないのか。「加害」の面と、「被害」の面は、両方揃って、初めて真実となる。どちらか一方に偏った「歴史」は、いらない。社会科と歴史科の教員免許を取得しようとしている私にとっては、この事実観は、譲れない。

 日本人が、原爆を英雄視するアメリカ人に対して、憤りを覚えるのと同じで、中国・韓国の人たちが、私達に抱く感情も激しいものだろう。いや、きっと、日本人以上だろう。未だに残るその問題は、日本側の忘れていく姿勢を変えてくれるだろうか。

 戦後、60年が経った。果たして、世界は変わったか。日本は変わったか。根本的に、変わっていないのだろう。もしかしたら、核が広がったという時点で、悪くなっているのではないか。これからは、「地球市民」という考え方が進んでいくのならば、尚更、日本にやるべきことがあるのではないか。唯一の被爆国として、もっと強く訴えることが出来るのではないか。戦争を放棄した憲法を持つ国として、何か、出来るのではないか。

 まずは、平和ボケにならないように、軽くウォーミングアップでもしておきましょうか。難しく考えることはない。「人」として、理解できることを、理解すれば良いんだと思う。知らないふりをすることだけは、しないように・・・。

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