学問・資格

July 26, 2009

脳の何処かで覚えている

 本当に毎日暑い・・・いよいよ、夏本番ですね。外出する気になれない暑さだし、一応、昨日も今日も引き籠って世界史を勉強しておりました。大して進んではいないのですが、ゼロよりはまし・・・ということで。それにしても、自分の忘れ加減には、ほとほと呆れてしまいます。





 

 受験するのに「忘れた」では済まされないので、何とか、大分思い出してきました。元々、アジア史はそんなに好きではないので、アジア史の仕上がりはイマイチ(特に、東南アジアはさっぱり汗)なのですが、ヨーロッパの古代~19世紀前半までなら、何とか目処が立ちそうです。難しいのは、昨日も書いたけれど、19世紀半ばから一気に世界が複雑に絡み合っていく帝国主義以降・・・何だって、あんなに各国の思惑が交差するのか・・・現役時代の自分のメモ書きが、難しすぎて理解出来ない涙。「解読」している感じです。







 それでも、以前にも同じことを書いたと思いますが、時折、深く考えもせずに口からポロッと単語だけが意味よりも先に出てしまう時があって、自分でびっくりします。言った後で、「え、それって何だっけ??」と、名前は覚えていても、意味はすっかり忘れている始末・・・その度に、慌てて用語集を引くのですが、既に現役の時にびっちり書き込んだ後が残っていたりして、何だか不思議な気分になります。







 でも、この数年間、一度も思い出したことも口にしたこともない、普段の生活では全く縁も無い単語なのに、「A=B」と反射的に出てくるということは、脳の奥深くでは、「忘れてない」んだなと思います。表層的には覚えていないのだけれど、脳の最深部で眠っているという感覚が自分の中では確かにあります。それは、何だか嬉しい。「嬉しい」という感覚はおかしいのかもしれないけれど、自分の中から完全には消えていないんだと思えて、嬉しいんです。脳の中にある記憶を、意味もきちんと加えて呼び戻す。その作業が楽しい。記憶の奥底から引き揚げる頻度と精度を上げることが、今の目標です。






 そして、数年経った今、現役の時よりも、恩師の素晴らしさにただただ感服するばかりです・・・本当に凄い。何で、こんな風にプリント作れて解説出来るんだろう。年号の覚え方・連続した事件の覚え方も分かりやすいし。時に、全く以て意味不明な呪文も沢山あるんですけど・・・。同級生なら、分かってくれるでしょう笑?完全に、あれは言葉のリズムだけで、深い意味はないですね。でも、それが役に立つから凄いんだけど汗。あんな複雑怪奇な呪文をぶつぶつ唱えていた女子高生・・・きっと、今もうちの母校には沢山いるんだろうなあ笑。そして、その呪文を再び唱えている社会人3年目がここにいる笑。







 とまあ、世界史を勉強するのはとても楽しいのですが、正直、分からないのも多々あって・・・ロシア革命&清末以降の中国・朝鮮史がよく分からない・・・ああ~本気で先生に質問したい!せんせ~い!助けてくださ~い!いやいや、本気で・・・。でも、そんな世界史が楽しい・・・もはや、これは中毒でしょうか笑?!中毒だとしても、世界史なら本望だ!あと1ヶ月、出来る限り自分のレベルを引き上げたいと思います。


| | Comments (0)

June 07, 2009

勉強しました

                


             「勉強しなきゃ」



 ・・・と、このブログで何回書いたことやら・・・そして、友人たちにも、何回言い続けたことやら・・・。有言不実行も甚だしいワタクシでしたが、ようやく、重い腰を上げて、今日はどっぷり勉強しておりました。






 

 昨年は、東京都の一次試験が7月頭にあったので、今よりも仕上がりは早かったと思います。それが、有難いことに、今年は一次試験が受験免除なので、心に間違ったゆとりが生まれてしまった様です爆。自分でも、これはスローペースだと思う・・・。






 今年は、私学の試験も受験しようと思っているのですが、それが8月末。正直に言えば、「夏休みで挽回出来るかな・・・」と、ちょっと甘く見ていた部分があったのですね。間違っていたのは私・・・という訳で、反省しております。そんな不真面目な態度で受かるはずがない。自分が、「相当甘く見積もっていた」と痛感したのは、やはり勉強し始めてからです。







 高校時代の用語集・ノート・問題集片手に取り組んでみたのは良いのですが、いや~全然覚えてない汗。ここまで覚えてないのかと思うと、寂しい限りです涙。問題集も、色々書きこんだ形跡がありますが、その書き込んだ内容が、マニアック過ぎて、自分で自分の書いた内容が解読できなかった笑。この情報の出典は何処なんだろう・・・と思い、ノートを開くと、そこに書いてあったりするんですよね。やっぱり、恩師は凄い。ノートの日付を見ると、「H13.8.28」とあり、何と8年前・・・!!絶対、8年前の自分の方が努力してるなあ。





 でも、分からなくて嫌になることは決してなく、あの頃を辿る作業は、最高に楽しいです。好きだからこそ出来ることって、こういうことかな・・・と思いながら、用語集をめくっていました。ノートの文字、恩師のプリントの数々・・・やっぱり、自分には未だに大切な宝物です。本当に、デロンギのオイルヒーター事件の時に、無事で良かった。







 一通り復習した後は、問題集にトライ!一応、ゼロからのスタートで無い分、問題集を解いて知識を定着させるべき、という訳です。





 今、手元にある問題集・プリントを振り返ると、かなりの量を持っていることに改めて気が付きました。同一分野に対して、一問一答形式、地図形式、通史形式などなど、出題方法も様々だし、その量が多い。う~ん・・・いやはや、高校生の自分は、本当に好きだったんだなと思います。お蔭で、今、揃えた良問で鍛え直すことが出来ます。全部やろうとすると大変なことになるけど、取捨選択して、再活用させてもらうことにします。ありがとう!






 今日は、古代エジプト~オリエント~ギリシャ世界~ローマ帝国分裂までを勉強しました。忘れていることがほとんどだけど、反射的に単語が出て来る時、何だか嬉しくなります。照準は、8月末!頑張ります!







 

 あ、そういや、明日は何の仕事するんだったっけ・・・。今から、頭を切り替えようと思います笑。

| | Comments (0)

April 22, 2007

初めてのコンピュータ基礎

 
 情報技術導入教育を受け始めて、1週間が経ちました。一応、個々の持つ現在の知識レベルに応じて、新入社員はレベル別にクラス分けされています。私は、「初心者向け」のクラスで「基本コース」のクラスの属しています。・・・が!!基本コースだとしても、「SE」の卵たちと同じ情報技術教育を受けているので、毎日が大変な勉強です!朝9時~夕方17時まで、びっしりと延々に、コンピュータのお勉強をしております。


 今、習っているのは「コンピュータの基礎」です。大学時代、コンピュータの「使い方」は習ったけど、「基本原理」は習ってないから、初めて見聞きするものばかりです。とりあえず、必要不可欠な専門用語を覚え、基本的な計算をマスターすることから始めています。応用コースのクラスは、一体何を勉強しているんだろう・・・何だか、凄そうだなあ。


 この土日は、1週間の内に習った内容の総復習をしていました。実は、5月中に、60点以上取らないと、受かるまでず~っと追試という試験があるんです。これには絶対1回で合格したいので、今から勉強しています。GWは、多分勉強できないだろうし、今から勉強しないと、文系の私にはとても難しい内容だから!大学時代よりも、ずっとずっと勉強していると思います笑。いや、本当ですって!


 具体的には・・・磁気ディスクの容量計算・レジスタの種類と役割・オペレーティングシステムの概要・基数変換・論理演算などなどを学びました。数年振りに、自分の手で小数の計算もしました。これらは、学んだ内のほんの一部にしか過ぎませんが、あんまり書くと、情報漏洩に当たるので書けません。私にとっては、これだけでも大変なのに、SEの方々は、さらに、もっともっと難しいものを学んで、プログラムを組んでいくんだものなあ。凄い・・・。就活の時、「SE」で志願していた会社が幾つかあったことを思い出し、自分は舐めていたなあと、今更ながら反省しました。


 私は、営業・管理系の職種で入社しているから、しばらくしたら、SEほど専門的な情報技術教育は受けなくなります。今は、SEと一緒に同じ授業を受けているけれど、5月中にもう一度クラス変えがあって、それ以降は、SEとは別クラスになるんです。それ以降は、営業・管理に必要なビジネススキルを学ぶ研修が始まるんですよ。とは言っても、業務に必要最低限のコンピュータ知識は持ってないと仕事にならないから、頑張ろうと思います!


 今、使用している教科書は4000円もするし、約600ページもある分厚い本です。大学時代のどの教科書よりも厚いです。また明日から、新たな分野へ進むと思うので、周りと協力しながら付いて行こうと思います。


 

| | Comments (0) | TrackBack (1)

January 21, 2007

今年の結果は・・・

   今年も、恒例の「あの儀式」がやってまいりました!!

  
   そうです、1年に一回実施されるセンター試験です。


 受験生の皆様、誠にお疲れ様でした。受験生の皆様が、自分の進路を賭けて真剣に挑んだであろうセンター試験、私も、4年前は必死に受験したものです。そのセンター試験ですが・・・


 現在の私にとっては、年に一度、ボケ防止&記憶を確かめる為にのみ行われる、超!個人的な儀式です笑。しかも、世界史限定。世界史だけは、解いてみよう!という、純粋な好奇心もありますけどね。単純な世界史好きですから。


 でもね、ただの娯楽や酔狂じゃないんですよ。これは、自分の記憶力の低下を、如実に思い知らせてくれる為、かなりの恐怖だし笑、それなりに緊張感も伴うものなのです。さあ、今年も、自分の覚束無い記憶を頼りに、いざ出陣!!


  第1問『キリスト教について述べた文として、正しいものを選べ。』
  ・・・お~。何かスタンダード。


  第6問『16世紀後半から17世紀前半の東南アジアについて~』
  ・・・!!!!微妙過ぎる!!どうだったかな~・・・。

  
  第10問『武帝の事跡として正しいものはどれか』
  ・・・いや~・・・何となく・・・。


  第22問『アメリカ合衆国の独立13州で、間違っているものは~』
  ・・・あ。これ、物凄い簡単だ。

 
  第27問『第五共和制のフランスの対外政策として~』
  ・・・これも、消去法で簡単!


  第29問『フランク王国の以下の事柄を時代順に並べかえよ』
  ・・・教育実習でやった範囲だ。


  ラスト第36問『義和団事件について述べた文として~』
  ・・・「蒼穹の昴」読んでて良かった!!


  と言う感じで、解き進めていました。細かく覚えてなくて、あやふやで微妙な所は確かにあったのですが、まあ、何とか終了。気になる結果は・・・・・


             じゃかじゃん!!


             「95点」でした!!


 ちっとも覚えていなかった2箇所を間違えてしまいましたが、その他は、「選択肢」問題のお蔭で、何とか正解することが出来ました。もし、これが完全記述方式の試験であれば、もっと点数は酷かったと思います。マークシートありがとう!


 これでも、一応、高等学校地理歴史科教員免許申請中の身分ですからね。何とか、体面を保つことが出来て良かったです。嬉しいと言うより、「ほっとした」という気持ちの方が大きいです。単語を見れば、まだ思い出すことが出来ますから。


 でも、やっぱり、年々記憶は薄くなってますね。去年、一昨年は、もっと自信を持って解答することが出来ていたんですけど・・・今年は、恐る恐る回答を選択していました。来年はもっと解けなくなってそうで、今から、来年が怖いです笑。う~ん、あんなに勉強したのにな・・・悔しい!


  さて、自分の結果はさておき、教育学専修に所属する者として、今年のセンター世界史を解いての客観的な所感を述べましょう。今年のセンター世界史は、正直、「簡単」であったと思います。非常に簡単だった。これは、平均点が高くなるだろうと思います。どの問題もストレート過ぎるんです。少しも、捻られていない。サービス問題の数も多いし。良く言えば、教科書通りで悪問が無いというか。


  例えば、『乾隆帝の治世について述べた文として正しいものを選べ』という問題がありました。この様な出題の仕方がストレート。乾隆帝はかなりメジャーな皇帝だし、彼の為した事業は、受験生であれば誰もが勉強します。


  あと、「文化史」も簡単な上に数が少ない。何より、意外だなあと感じたのは、「経済史」的な側面の設問が見当たらなかったことです。いや、分類すればあるにはありますけど、あまりに簡単過ぎて、経済史と認めたくない笑。何だ、あの問題は!


  とにかく、今年のセンター世界史は、基本に忠実であったと思います。真面目に勉強していれば、本当に高得点が狙える科目でしたね。でも、センター試験ですから、それで良いと私は思います。重箱の隅をつついてつついて、どこから出題してきたのか分からない悪問を出してくる私立大学の入試よりも、「きちんと勉強した」証明になるセンター試験は、筋が通ってて良いじゃないかと思うのです。要は、「入学後」ですから!


  入試で得た知識を、どうやってその先に活かしていくか。これを前提にしない限り、「受験戦争」も「学歴社会」も、「未履修問題」も、ちっとも解決しないと思います。


  世界史、やっぱり面白い!そう、私は純粋に世界史が大好きなのです。だから、もっともっと知りたい。もっともっと、この目で世界を見たい。自分の知識と、目の前の実物が繋がった瞬間、最高に感動します。その感覚を、私は大事にしたいなあ。


  よし、卒業旅行に向けて、ちょっと勉強しようかな。趣味で勉強できるのって、余計なプレッシャーが無くて好きです。ふ~む。まずは、神聖ローマ帝国からかなあ~。


 

| | Comments (0) | TrackBack (0)

November 22, 2006

真昼時の愕き


  いつもは、朝から夕方までバイトをしているのですが、今日は、2回目の卒論指導を受けに大学へ向かう為、珍しくお昼頃にバイトから上がりました。身支度を整えて、大学へ向かう途中の路上。バイト先のお店から30秒位歩いた所で、何の変哲もない平和なお昼時に、予想外の人物に出会いました。


  突如、前方から声を掛けてきた壮年の一人の男性。


  確かに、どこかで見た記憶が・・・・・・


  誰だったっけ・・・・・


  う~ん・・・あ・・・!!!!!


  ああ!!!!!!!!!!
 
   
   し!!!

   
  
   師範じゃないですか!!

   
   ひぃいぃいぃ!!!!!!!!!

   あの、会うの半年振りですよね。

   しかも、そんな熱心な門下生じゃないのに、よく覚えていて下さいました。


 「久し振りだな。元気か?」

 「はい。私は元気です。師範はお元気でしたか?」

 「ああ、俺はな。それよりお前、こんな所で何してるんだよ?」

 「はい。バイトをついさっきまでしていました!」

 「何のバイトだよ?」

 「はい、そこのパン屋さんです。」

 「何だ、パン屋で良かったよ。メイド喫茶だったらどうしようかと思ったよ」

 「いえ、とんでもないです!師範は、何をしにここまでいらしたんですか?」

 「俺?俺は、部品を買いに来たんだよ。」
 
 「そうなんですか。」

 「そうだよ、お前、また練習に来いよな。金曜の道場に俺はいないけど、日曜はいるから。たまには練習に来いよ。」

 「あ。はい。ありがとうございます。」

  「明日の大会は来ないのか?」

  「・・・(一瞬、何か分からず、沈黙)。 え!あ、はい。ちょっと用事があって、残念ですが伺えないんです・・・(本当はバイト汗)」

  「何だよ、まあ、いいや。また今度な。」

  
  という会話が繰り広げられた真昼時。 場所は、メイド喫茶もパーツもある例の最先端電脳文化都市。


  今日は最高気温19度だっていうのに、 思いがけず、師範に会ったお蔭で、背筋は伸びるし冷や汗ものでした。ここ半年以上、ちっともサークルに顔を出してないし、世界大会のお手伝いも結局行かなかったので、 もう苦笑いですよ。会わせる顔がないというか何と言うか・・・すいません・・・。
 

  あ~でもな~まさかあんな所で出会うとは・・・。 衝撃的でした。本当に予想外!!


  うう。練習に来いって、あれだけ何度も言われちゃあ、行かないと まずいのかなあ・・・半年以上やってないから、無理っぽい。 体が動かないだろうなあ。はあ。

  
  ・・・この出会い、いっその事なかったことにしたいわ笑。


  

  この衝撃的な出会いの後、大学で、教授と1対1の卒論指導を受けてきました。いよいよ残り約3週間!本腰入れて書き上げていかねば!!

  
  卒論の進捗状況ですが、ここに来て、「ラスト2章分」を書き上げるのみとなりました!!前回から書き加えたり、訂正したりした序章・第1章~第4章までの5章分は大体完成。中間考察の第5章は一部訂正を加えれば完成で、最終考察である、第6章と結章をこれからまとめあげる作業に入ります。でも、ここが一番山場なんですよね。


  教授にも、「ここが一番のまとめで、全体の筋を一本通すのもこの部分の役割だから頑張れ」と言われました。全体の出来を左右する箇所なので、精一杯頑張ろうと思います!前半部分は、良い感触を得られたので良かったです。
  

  卒論指導後は、図書館で禁帯出の本である文部科学省の 「平成17年度 学校基本調査報告書」なるものを漁っていました。 教授に教えて頂いた文献です。これで、捜し求めているデータに近付けようかと思います!論文なので、ちゃんと客観的に示すデータがないとダメですからね。


  あ~でも!!


  何とか早く終わらせたい!!

  
  頑張りますとも!!


  次回の卒論指導は、12月5日の予定です。 それまでの約2週間で、もう一度文献を読んで、今度は最後まであらかた仕上げた状態にしておこうと思っています。


  特別支援教育について書いていたはずなのに、気が付けば、特別支援教育を核にした社会保障論にまで発展してしまいそうな結論になりそうです。手を出しちゃった・・・。

 

| | Comments (4) | TrackBack (0)

November 16, 2006

あと1ヶ月

  いよいよ、1ヶ月を切ってしまいました!!


  そうなんです。「卒業論文」の提出日まで、ついに!!あと1ヶ月となってしまったのです。正確な卒論提出日は12月14日と15日。この両日のどちらかで、自分の書いた論文にタイトルなどをちゃんと付けて、製本して提出しなければならないのです!う~ん、段々現実味が沸いて来ました。


  教育実習が終わって、11月になって落ち着いてからの2週間は、毎日、机の前に珍しく陣取ってパソコンとにらめっこしています。必要な文献資料も図書館からどっさり借りてきたし、学校見学に行った資料も紛失しないで保存しておいたし、大学1年生の時から現在まで受けてきた授業で使った、該当する必要なノートやプリント・教科書などを引っ張り出してきたりして、様々に情報収集をしては、まとめて文章化しています。


  主題は、夏に教授に申告したものから変化していません。
 
  平成18年度 教育学部卒業論文主題(仮)
 「特別支援教育の今後の在り方~軽度発達障害児を専門に受け入れる私立学校の取り組みの考察から~」


  この主題は変えず、夏合宿で発表した章立てに若干の変更を加えながら、全部で8章から成る章立てで卒論を書き進めています。現在の進捗状況としては、全体の半分とプラスαは書き終えました。この時点で、字数的には、35,000字を越えて、字数だけなら規定を満たしました!!前半の一部分を、3年生の時に自分で書いたレポートを雛形にしているので、新しくなった情報を加筆したりするだけで良かった部分もあります。まあ、字数よりも中身が非常に問題なんですけどね。稚拙な内容で恥ずかしい・・・。でも、自分なりに、かなり力を入れて書いています。資料を調べれば調べる程、どんどん分からなくなっていくのも確かだから、情報の取捨選択が難しい所だけど、悪戦苦闘しながら資料を読んでいます。


  今日からは、後半のメイン、いや、全体のメインとも言うべき、比較考察の部分に入りたいと思っているのですが、自分が欲しい資料に中々出会えなくて困っています。う~ん・・・どうしよう。自分の要求にど真ん中で合致する情報が無いのは当然なんですけど、でも、近いものも見付からない・・・。まあ、しばらく粘って探してみることにします。その部分以外では、何とか不恰好ながらも形になってきたので、教授に時折チェックを入れてもらい、進めていきたいと思っています。この前、第一回の打ち合わせが終わって、次回は22日!1週間後ですね。少しは進歩した内容を見せられるようにしないと!前回の打ち合わせの際には、やっぱりあちこち多くの部分を指摘されたので、内容もいまいちだし、まだまだ荒削りな論文なんです。


  でも、ずっと問題意識を持ち続けていたお蔭で、卒論のアウトラインは頭の中にはあるし、レアな資料が集まっているのが救いです。卒業論文は、普段のレポートと違って長期戦だけど、最後まで妥協しないで頑張ろうと思います!大学4年間で学んだ集大成となる物ですから!!やっぱり、情けない論文にはしたくないなあ。なので、あと1ヶ月は、机の前に向かって真面目に勉強をしようと思います。物凄く久々に勉強してる気がするなあ笑。
  

  あ、でも、大学で学んだ集大成とか格好良いこと言っておいて、実は、全く学んでないことがバレたらどうしよう・・・。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

August 24, 2006

講演会にて

  今日は、偶然にも時間が出来た為、午後から近所の養護学校で開かれた講演会に参加してきました。講演会のテーマは、


  「特別支援教育 制度と連携の在り方」  です。


  専門とされている大学の先生による講演で、非常に関心のあるテーマであった為、参加してきました。私が通う大学では聞くことの出来ない分野である為、期待していました!それに、そろそろ卒論にも取り掛からねばならず・・・実は、情報&資料収集の意味合いも兼ねてました。


  で、講演の内容は、というより講演者が非常に魅力的な人物で、語り口もとってもソフト。難しい法律改正(学校教育法が、今年6月に改正されています)の話から、誰にでも分かるように噛み砕いて説明して下さいました。私自身も、ちょっと曖昧にしてきた部分があったので、卒論を書く上で助けとなりそうです。


  特別支援教育が今後どの様に変わっていくのか、それをこれまでの教育内容と比較して、紹介していくという講演でした。法制度上は変更が加えられていて、教育制度の目的・手段なども、これから随時、もう少し下のレベルの法令で具体的に変わっていきますが、話を聞く限りは理想的な方向へと進んで行きそうです。ええ、それらが「理想案」ではなく、きちんと実現されていくのであれば、日本の支援教育は大きく変わるでしょう!実現されれば・・・。


  ただ、やっぱり疑念を抱かずにはいられないですね。特別支援教育は、平成19年4月が本格的なスタートなのですが、現在は移行期間で、学校によっては少しずつ新しい取り組みも試みられている様なんです。でもね~・・・正直なところ、何か変わったのか??と思います。これまでの所では、大きな変化を感じられない。それもそのはずですよ。


  「現在」でも、「教員」の数が圧倒的に足りてないんだから!!

 
  現在、対象となる子供の数は増えているのに、教員数がそれに追いつけてない。現行の教育を踏襲するのに現場は一杯一杯の状態な訳です。教員数を確保する為、養護学校の教員免許を持ってなくても、養護学校の教員にしてしまうという苦肉の策が重なって、教員の量・質共に、保護者からは信頼が薄~い状態であります。つまり、新しい制度を担うべき人材が育ってないんですよ。そんな状態でスタートしても、ちょっと厳しいなと思っています。


  特別支援教育を軌道に乗せる為には、まず、現在の教員の考え方や指導の実力を上げないといけない。その上で、将来的に担っていくべき教員を、大学の教員養成の段階から育てていかないといけない。つまり、特別支援に限らず、教育上の新制度を確立させていくには、現場の教員と教員養成を同時進行しないと意味が無いと思うんです。果たして、日本の文部科学省はそこまで考えているんだろうか。考えていたとしても、いや~・・・そこまでは、時間と財政上、出来ないでしょうね。経済的には、文部科学省は弱いですから。残念だ。日本経済で有り余ってるお金は、こういう所に回して欲しいものですよ。


  ただ、新制度に対して悲観している訳じゃないです。逆に期待しているからこそ、たかが学生の分際でも意見を言わせてもらいたいんです。日本の特別支援教育が新たなステップへ進む為に、今こそ、大転換期だと思っています。今しかない大チャンス!!


  かなり議論と疑念を呼んだ総合的な学習の時間も、現場で混乱を招いて痛烈に批判対象となりましたが、一部分であっても、上手く機能している所は機能しています。新しいことへの展開は、保守的になったりして、難しいし簡単には成功しないけれど、下手でも良いから始めないと何も変わらない。だから、長い目で見守りたいと思います。


  ・・・将来、何かしらの形で携われたら良いですけどね。その時は、広告塔にでもなりましょうか。会社の経費で笑。まあ、その前に卒論だ!!卒論、しっかり書いていかないとい・・け・・・・・・ない・・・んだけど、ま~だ1章も終わってないんですよね。あ~・・・頑張ります。


  
 
  

| | Comments (2) | TrackBack (0)

August 07, 2006

卒業論文始動!

  今日は、午後から大学へ行ってきました。ゼミの教授に、卒業論文の主題提案&プロットを見せる為です。昨晩、どうにかこうにか30分ほどで仕上げてしまったプロットを持って行きました。そうなんです!!いよいよ、「卒論」始動なんです!!物凄い直射日光が照りつける中を、大学まで行ってきました。 
 

  主題及び構成案は、「OK」サインが出ました。というか、我がゼミの教授のことだから、個人の裁量に自由に任せてくれるし、恐らく反対はされないだろうと思っていたので、そこに不安はありませんでした。以前、「教育」に関することなら何でも良いとおっしゃっていたし。ただし、各自に大きく任せる代わりに、自分で計画して進捗状況に責任を持って管理しないとならないので、ヤバイです!それで、今まで放置してしまった訳ですから★


  教授に見せた内容とは・・・

  平成18年度 教育学部卒業論文
  主題(仮)  「特別支援教育がより良く在る為に~発達障害児を受け入れている私立中学校及びフリースクールという視点からの考察~」

  
  ・・・とまあ、大層なタイトルを付けてしまいましたが!要するに、今後の特別支援教育がきちんと機能していく為に必要なことは何か。在るべき特別支援教育の姿とは、果たしてどの様なものか。それを、この3・4ヶ月で考察してみようと思っています。ただ、「特別支援教育の今後」という内容の卒業論文は、先輩方がちょこっと書いているんですね。なので、論文にオリジナリティーを持たせる為に、「私立学校・フリースクール」という視点からという限定条件を入れました。


  公教育の信頼は、今や地に堕ちて、当たり前の様に塾への二重通いが罷り通っていますが、それは何も通常にイメージされる公立学校に限ったことではないですね。発達に何らかのトラブルを抱える子供達にも、その波は押し寄せている訳です。保護者としては、「我が子にはより良い教育環境で過ごさせてあげたい」と切に思います。それは、どんな子供達・家庭でも共通です。今、私立中学受験ブームが過熱していると言われていますが、それは有名進学校だけではありません。発達にトラブルを抱えるけれども、知能指数的にはボーダーからボーダー以上、つまり、学力的には水準か、もしくは水準をはるかに上回る子供たちが、地元の中学ではなく、私立を選択するケースが近年出てきました。それは、何故なのか。どうして、地元公立で特別な配慮のある学級に進学するのではなく、私立やフリースクールを選ぶのか。私立学校の教員の方が、公立学校の教員よりも、発達心理・障害に関する知識が少なそうなのに、それでも選ぶのは何故か。そこに、現在の公教育の問題点が見え隠れすると考えています。


  何故なら、「公教育」に満足できない・信頼できないからこそ、私立を選ぶのだと推測されるからです!


  公教育で、本来なら保障されるべき教育内容・教育の機会・教育の質などが全く信頼されていない。これは、今後、特別支援教育を進めていく上で致命的であると考えます。公教育にはなくて、私立に有って求められているもの、これを検討すべきだと思うんですよね。何故なら、公立と私立で教育の質が異なる→経済的格差がそのまま教育的格差に反映されるということが、特別支援教育でもそのまま実現してしまうからです。これでは、最も教育的配慮を必要とする子供達にとって、非常にマイナスです。更なるハンディが生まれてしまいます。


  ・・・といった自論を展開していると、教授は、「特別支援教育の中でも、さらに線引きが為されていくね」とコメントして下さいました。危惧すべき状況です。


  そして、何故、「私立」は発達障害児を受け入れる気になったのか。ここも解明すべきポイントがあります。本来ならば、教育は営利目的である私立学校が、余計に経済的負担の大きくなるであろうと予想される子供達をどうして受け入れる気になったのか。そこには、「少子化」が関係しているでしょう。入学者数確保が絶対的命題の私立学校にとっては、受験は学校の命運掛かった「サバイバル」です。少しでも、多様な生徒の受け入れ態勢を整えることで、生徒獲得の門戸を広げたかったと考えられます。


  ・・・とまあ、以上の様な感じで、特別支援教育を巡って、公教育と私立学校・フリースクールの駆け引きなどを考察し、目指すべき方向の支援教育像を結論に持ってこようと考えています!ヤバイ・・・12月までに終わるかな。


  ただ、まだ検証もしてないし、正確なデータもないし、まだまだちっとも使える考察になってません。これからは、当該学校に直接フィールドワークに行ったり、文献漁ったりしないと・・・あ~~・・・・・。ぐう。しかも、このままだと、これは対象が首都圏限定の論文になってしまいそうです。私立と公教育の関係は、首都圏と地方では、全く力関係が異なりますから。これは、教授に指摘されました。色々、事前に前提条件を提示しておかないとダメな論文になりそうだなあ。


  さて。12月14日・15日が提出日なので、ちょっと逆算して計画立ててみようと思います。とりあえず、夏休み中に、主題設定の理由の章だけでも書き上げることを目標にして頑張ります。

  


  


  

 
  


| | Comments (5) | TrackBack (0)

April 24, 2006

語呂合わせ


 今日は、JR山手線が全線ストップという恐ろしい事態にも関わらず、私は普段は山手線ユーザーでは無い為、何の影響も受けずに大学に着いてしまいました。私が通う大学は、JR山手線か地下鉄が最寄り駅なので、特に山手線が止まると、かなり苦しい学生が多いはず。JRが全線でストライキを起こしたり台風で全線止まっていると、大学は休講になるのだけれど、今回は止まっているのは埼京線・山手線・湘南新宿ラインだけだったので、該当学生だけ特別措置を取り、授業は普通に行われていました。


  3限の冒頭:

  教授「あ~JRが止まっているから、皆さんにお知らせがあります・・・」
  学生の心の中「休講!休講!」
  教授「当該学生が欠席・遅刻した場合は特例を認め、それ以外は普通に授業します・・・」
 
  学生は、一斉に溜息。あ~。休講にしてくれたら嬉しかったのに。例の心理学なんで、本当につまらない90分なんです。教授が違えば、心理学は最高に面白い学問なんですけどね。教授心理学を学び直してきて欲しいもんです。 


  月曜は、3限・4限と授業があります。4限は「日本教育史研究Ⅰ」という授業です。高校時代、一度も日本史を勉強しなかった私は、日本史の知識は中学生レベルです。はっきり言って、日本の教育史には興味がないのですが、主選択として取らねばならない単位の為に授業を受けています。今日は、江戸時代以前の簡単な歴史についてやっていました。・・・辛うじて覚えているところもあって良かったですが、江戸時代の詳しい政策とか、忘れてるんだろうなあ。今、覚えているのは、小学生の時の財産です。小学生って、結構吸収力があるんですね。あの頃覚えた語呂合わせとか、まだ覚えてるし。

  ☆オススメ年号語呂合わせ(日本史編)☆

  645年 大化の改新 →「むしごろし」
  710年 平城京遷都 →「納豆(710)食べて平城京」
  794年 平安京遷都 →「鳴くよ(794)鶯平安京」
  894年 遣唐使廃止 →「白紙(894)に戻そう遣唐使」
 1185年 守護地頭配置 →「良い箱(1185)だと取り上げる地頭」
 1192年 鎌倉幕府設立 →「良い国(1192)作ろう鎌倉幕府」
 1333年 鎌倉幕府滅亡 →「意味散々(1333)な滅亡」
 1467年 応仁の乱  →「人の世虚(1467)しい応仁の乱」
 1543年 鉄砲伝来  →「以後予算(1543)立てる鉄砲伝来」
 1549年 キリスト教伝来 →「以後良く(1549)伝えるキリスト教」
 1582年 本能寺の変  →「イチゴパンツ(1582)をはいた信長」
 1603年 江戸幕府設置 →「人群れ栄える(1603)江戸幕府」


  明治以降は、世界史感覚で覚えてしまっているので、日本史に特化した語呂合わせというものは私は知らないので、ここまでにしておきます。私のお気に入りは「1582年」ですね。信長のイメージとかけ離れているので、一回聞いただけで覚えてしまいました。高校日本史なら、きっとこれ以上の重要年号があるんだろうな。大学受験の時、日本史選択の友人達が、日本の歴代首相を伊藤博文から現在まで、呪文の様に唱えて覚えていたことは、衝撃的過ぎて忘れられません。何十人も順番間違えずに覚えられるのが凄いなあ。私は、あれは出来ないと思いましたね。

  世界史の語呂合わせは、数限りなく多くなってくるので、ここで紹介は出来ません笑。世界史は、横と縦と、両方の勝負の世界なので。高校生の頃、友達と勉強していたのが懐かしいものです。教育実習までに、ブランクを埋めておかないと!


  まあ、話題がそれましたが、日本教育史研究、それなりに乗り切りたいと思います。1年の時、日本教育史Ⅰ・Ⅱという必修科目があったはずなのに、その内容をほとんど覚えていないのは、どうかお許し下さい!!


  
 
 
     

| | Comments (4) | TrackBack (0)

August 06, 2005

高校時代の教養

 
  夏休みです!!ここ最近の生活パターンは、ずっとこんな感じ。

  ①空手の練習に行く
  ②バイトに行く
  ③予備校に行く

  の3種類。この3種類を組み合わせて、私のその日の行動パターンが作成されています・・・。ちなみに、今日は、朝10時半から夜9時半まで予備校で授業でした。恐ろしい・・・。

  確かに、勉強は嫌いなので、朝から晩まで予備校にいるとか、頭がおかしくなっちゃいそうだけど、もうずっと暑いので、逆に、ずっと冷房の効いた部屋にいられるので、外にいるよりも楽かもしれない。

  今日は、思想と憲法の授業。思想に関して言うなら、高校時代の世界史や倫理の内容を思い出せば、そんなに難しいとは思わなかった。社会契約説・中国思想などは、世界史ではお馴染みのもの。大陸合理論やイギリス経験論、カント哲学などは倫理で一通りやりましたよ。ソクラテス・プラトンなどのギリシャ哲学なら、大学に入ってからも、西洋教育史で散々聞かされたし。高校時代に、何気なく勉強していたことが、こんな時に役立つんだなあ。あの当時は、単純に好きだったり、興味があったりで勉強していたけど、やっぱり、無駄にはならないんですね!A先生!O先生!!先生方の言っていた内容がほぼそのまま今日も繰り返されていました。何となく、懐かしくなってしまった。ただ、日本史をやってない私には、日本思想は中々難しかった・・・。手強いなり・・・日本。

 公務員試験では、こうした人文科学や自然科学は「教養科目」という試験区分になるけど、高校時代に勉強したものが、実は社会人になった時に、「教養」として、その人を表す様になるとは、高校生では思わなかった。単純に、「試験科目」だから勉強していた。結果的に、勉強していて良かったけれど、もっと高校時代に色んなことを勉強しておけば良かったなあ。そのことに、高校生で気付けていたら、ちょっとは違っていただろうか。受験勉強とは違った、深い知識が手に入っただろうなあ。「教育」って、なんだかんだ言って、やっぱり「大学受験」に内容と方法が左右されてしまうのが悲しい所だと思う。

 さてさて、そんな訳で、「教養科目」の勉強が、高校時代みたいで楽しい。来週は、地理だった気がする。やっぱり、楽しんで勉強はしないとね。

 
 
  

| | Comments (0) | TrackBack (0)

July 28, 2005

試験終了!

  今日で、試験も終わりました!ようやっと、夏休み。いやはやです。段々「夏休み」という、公的で長期的なお休みも、今年を入れてあと2回しかないんだなあと思うと、夏休みを大切に過ごさないと、急に勿体無い気がしてきた。出来る限り、時間を有効に使って、「夏休み」を楽しみたい。バイト・空手・旅行など、満喫しよう。高校時代の友達に会いに行ったりもしたいし!色々と計画中のものもあるし!夏休み、遊ばせて貰います☆

| | Comments (0) | TrackBack (0)

July 13, 2005

青ざめた朝

 朝、8時45分頃、母が仕事に行く時に声を掛けて行ったことは、しっかり覚えていた。

    「出掛ける時は、戸締りお願いね!」
    「ん~分かった。今、何時?」
    「8時50分位。じゃあね」
    「いってらっしゃ・・・い」

 確かに、覚えていた。確かに、母の声を聞き、自分は、あと30分位したら起きよう、試験勉強をしようと、確かにそう思って、もう一回瞼を閉じた。喉の奥に、昨夜から続く違和感を感じながら。寝れば治ると、甘く見ていた。

 今日は、3限のみ試験の日だった。3限は、13時開始。家を、12時に出れば余裕で間に合う。プランは、出来上がっていて、9時半に起きて、11時半まで勉強。それからお昼ご飯を食べて、12時に出発。完璧だった。

 暑さと、体のだるさにはっとして、目が覚めた。今、何時だろう・・・思わず長く寝ちゃったな。でも、まだ、11時位だろうな。ぎりぎり間に合うじゃないかと思いながら、携帯を見ると、そこには、

         「13時」と表示されていた・・・・。

  「13時」・・・え?!13時?!?!?!?!13時って、もう、試験始まってるし!一気に、目が覚めて、一気に、血の気が引いた。青ざめた。思わず、見間違いじゃないかと思って、時計を違う種類のを4つも見てしまった。でも、やっぱり13時に変わりは無い・・・。めまぐるしく回転する自分の頭。この時ほど、自分の頭がフル回転したことはないんじゃないかと思う。とりあえず、ご飯も何も食べず、着替えて、最低限の身嗜みを整えてから、家を飛び出した。

 電車に乗ったのは、13時15分位。自宅から、駅までの所要時間の記録を大幅に更新した。今後、この記録が破られることはないだろう。いや、破る状況に陥っちゃいけない。このまま順調にいけば、14時には、教室に辿り着ける。試験時間は、80分ということだったから、残り20分で、答案を書けば何とかなるだろう・・・20分で答案を書けるかが勝負だな・・・と電車の中で考察する。速度がいつもと変わらない電車に、歯痒さを感じながら、じりじり乗換駅を待つ。

 試験科目は、「教育行政学」。割と、自分の専門に近いんですけど・・・・。必修科目だから、落とすわけにいかない。これをもし、落とすと、来年の自分の黄金プランに大きな支障が出る。一応、勉強は昨夜しておいたので、全く勉強していなかった訳ではないから、その点で焦ることは無かった。

 14号館という、内部にエレベーターが設置されている、うちの大学では比較的新しい建物に入る。教室は5階だ。自分は、昇って行くのに、試験を終えたらしい友人達が、隣りで降りていく・・・。切ない!急げ!

 教室に入ると、教室中の人から、一斉に視線を集めてしまった。そりゃそうだ。教授に、事情を説明後、試験問題を貰い、急いで書く。試験問題は、事前に発表されていたので、何をどう書くかは、もう決めていたから、後は時間との勝負だった。

 勝負は、ぎりぎり私の勝ち。20分以内に、「学校選択制度の意義と課題」について書き終えた。念の為、教授に、単位は大丈夫か訊いてみたら、答案を出したから大丈夫とのこと。安心してしまって、力が抜けた。具合が悪いことも、拍車を掛けた。

 あんなに、青ざめた朝は、なかった。本当に、驚いた。下手に、怖い話よりも、ずっと恐怖だった。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

July 11, 2005

試験週間

 今日から、試験週間。順調に行けば、3年生である今年は、1・2年生の頃より試験が少ないはずが、「教職」という地獄からは逃れられず、何と、3年間で一番単位数が多い・・・。やれやれ。

  1年生・・・44単位。大学入学したてで、単位の登録の仕方が分からず、多く登録できなかった・・・。大学って、自分で動かなきゃ不親切な所だと思い知らされた。
  2年生・・・56単位。一気に増えましたよ、単位数。去年の分も取り返すべく。
  3年生・・・60単位。学年上がるにつれて、単位が多くなってるとか、オカシクナイデスカ?!来年、楽をしたい為に、3年生で60単位という試練に立ち向かっています・・・。

  私が所属する教育学部の、年間履修制限単位、つまり卒業参入単位は40単位。どんなに登録しても、40単位までしか、卒業する単位として認めてくれないということ。だから、例えば、私は昨年、56単位取得してるけれど、卒業単位として認められるのは、その内の40単位のみで、残りの16単位は、成績が付いても、効果はそれだけ。それでも、教職として取らなければならないんですね。「教職」は、結構学生に負担になるので、よっぽど強い意志を持った学生じゃなければ、途中で諦めてしまう学生も多いのは、ここに原因が。教育改革を目指すんだったら、まず、教員養成に本格的に取り組んでもらいたい。

 卒業単位は、124単位。私は、3年間で160単位を取得する計算になるから、軽く卒業できるんだけど。まあ、大学で沢山お勉強させてもらえるということかなあ。ちなみに、来年は、卒論を含めても、22単位。水曜と木曜だけ大学に通えば良いという楽勝コースを自分に設定しているので、今年は、週に6日も大学に通って頑張りますよ!

 さてさて。今年の試験は、実は過去2年間より楽。何故なら、自分が、最も嫌いな「語学」が無いから!!英語も、スペイン語も無いなんて、私にとっては、最高に嬉しい。こつこつ単語を覚えることも、文法を復習することもしなくて良いなんて、かなりの負担減。考えてみれば、「外国語」が無い試験なんて、小学校以来じゃないかと思う。英語は、中学・高校とずっとあったのだから、久々に英語がない生活だったんだ!意外な発見。今年の試験は、全部で7つ。レポートが、3つ。特に何も無いという授業が、3つ。何とか、頑張って乗り切っていかなきゃ。これが、終われば、パラダイス夏休み!

| | Comments (0) | TrackBack (0)

June 20, 2005

介護体験

 免許法が改定されて、教員免許(高校を除く)を取得する為には、「介護等体験実習」というものに行かなければなりません。介護等体験とは、養護学校で2日間、社会保健施設で5日間の計7日間、それぞれの場所で準じた活動を行うというものです。まあ、大体、大学生であれば3年生が体験をするものです。

 介護等体験、中には、とても嫌がる人もいて不満もあるようですが、教育学を学ぶ者としては、これは意味がある活動だと評価出来ます。人の気持ちを、特に弱者の気持ちを知ることは、子供たちに向き合う時には必要でしょう。また、子供たちを育てる時にも、社会的な弱者の存在を伝えるという仕事をする面でも効果があるでしょう。それに、これから、障害のある子供たちが、インクルージョンが進んで、地元の学校に、そして普通学級に通うことになった時、または、軽度発達障害の子供たちを担任に持った時、体験ゼロという最悪の状態は免れるでしょう。何より、教師として、一人の人間として、幅を広げるには良き活動なんじゃないでしょうか。

 個人的に、この体験は苦でも何でも無いと思っていたし、寧ろ、「養護学校2日間って、少ないんじゃないか」とまで思っていた。もっと、沢山の人に、子供たちと触れ合って欲しかったから。まあ、体験前の個人的で勝手な感想ですよ。ここまでは。

 で、私自身が、その介護体験の内、養護学校の方に、20・21日の2日間、行ってきました。そこは、肢体不自由児の養護学校だった。2日間、子供たちの移動・排泄・食事などの介助のお手伝いをしてきました。まあ、半分以上はお客さんで、逆に学校にとって迷惑な存在でしかなかったと思うけれど。普段の活動だけでも大変でいらっしゃるのに、学生がぞろぞろ出掛けるんだから、相当な負担だったのではないかと思う。

 介護体験中、果たして自分は何を思っていたのか。実は、教育学を専攻する者として、行政の面からどうすべきかと、考えてしまっていた。(体験先の学校の先生方、失礼な態度で大変申し訳ありません。)校舎の建て方は適切かどうか、教員の数は足りているかどうか、交流教育は可能であっても完全なインクルージョン教育は可能かどうか、地域との連携はどうか、介護体験の運用性は効率的かどうかetc・・・。まだまだ、介護体験は、歴史が浅い。改善の余地は幾らでもあると思う。


 ところで、そもそも、何故、介護体験なんて必要なのか。介護体験をしなければ、分からない「何か」を分かる為に介護体験を義務化したのだと仮定しよう。そしたらば、その「何か」とは何か。・・・もう、大体想像は付きますね?その「何か」を、私たちが小さい頃から培ってきたもので、当たり前なものであったなら、わざわざ大人になって体験するものではないはずなんですよ。現実的に、そうでないから、介護体験が必要になる訳です。
 
 他者への思いやりは、ただでさえ難しい。それが、弱者なら、尚、難しい。障害について、高齢について、正しい知識は、偏見をなくす為にも、相手に不快な思いをさせない為にも、相手に楽しんで貰うためにも必要だと思う。それは、たった数日間で分かるものじゃない。さあ、ここからは、教育の出番。教育上で、出来る限り同じ次元にいさせてあげたい。今の、分離状態を前提としているなら、介護体験なんて、ずっとなくならないでしょう。その前提を、まず私は、行政の面から失くしていきたい訳です。

 ただ、今回、介護体験に行って、よく思い知らされたのは、単純に統合すれば良いって話じゃないんですね。現実は。そんなことをしても、環境を整えないと、良くないし意味が無い。医療的な面が必要な子は特に。これは、高校時代から考えてきた自分にとっては、割とカルチャーショックで。勉強不足というか、現場を知らないで批判や文句・理想ばっかり言う、どこかの一部であろう偉い人たちと同じ発想をしていましたよ。

 フィールドワークをしていこうと思う。自分の言葉で語れるように、まずは、自分の目で、耳で、体験しなければ。そう思わせてくれた介護体験だった。


| | Comments (0) | TrackBack (0)

June 16, 2005

模擬授業

 今日は、大学の授業で、模擬授業を担当する日。科目は世界史で、対象は高校生。本当は、3人で一つのテーマを分担する予定が、途中で一人が失踪した為、二人で分担しなければならず、なかなか困難だった。テーマは、「ラテンアメリカの独立」について。フランス革命とか、第一次世界大戦とか、始皇帝とか、オスマン=トルコとか、有名どころじゃないので、やり易いとも、やり難いとも言えない微妙なラインだ。

 授業は、本来は50分だが、それを30分に短縮したバージョンで行う。私は、前半の15分を担当で、もう一人が後半15分を授業する。私は、前半15分の組み立てを
  
 ①前回の復習(ウィーン体制の軽いおさらい、オーストリアの宰相って誰だっけ?)
 ②ラテンアメリカについて導入(ラテンアメリカって、どんな国?サッカー強いよね?)
 ③植民地政策下の過酷な搾取(誰だってこき使われるのは嫌だよね?)
 ④クリオーリョの存在(我慢の限界に来たとき、立ち上がった人がいるんだなあ)
 
 以上のような感じにしてみた。対象が、高校生と言っても、その高校生には色んな高校生がいる訳です。受験モードの高校生、必修だから仕方なく受けてる高校生・・・それによっては、難易度も変わりますね??今回は、あまり考えずにスタンダードに平均的な高校生を想定してみた。

 で、実際にやってみたらば・・・時間は、ジャスト15分。これは、良かった。前回違う授業でやった時には、時間を結構オーバーしてしまったので、克服出来て良かった。話始めるまでは、緊張したけれど、いざ始めてしまえば、こちらの物。説明は、割と出来たと思う。ただ、やっぱりというか。板書の仕方に問題があって。綺麗に板書をすることが出来なかったんですね。地図を描くにしても、文字を書くにしても、とても難しい。先生って、大変な作業を毎日やってらしたんですね・・・。改めて尊敬します、母校の世界史の先生方・・・。自分の弱点が分かって、とても良かった。これを来年の教育実習までに改善すれば良いのだから。

 世界史の難しい点は、世界史以外の用語も説明しなければならない所だろうか。例えば、世界恐慌の所をやろうとすると、経済用語がバンバン出てくるし。でも、それを説明しないと進めない。芸術の所でも、古典主義とか、ロマン主義とか、自然主義とか、説明が必要だし、宗教的な部分も、地理的な部分も必要になってくる。私は、世界史とは複合的な学問だと思うのです。極めて一般的というか、教養にもなり得るというか。だからこそ、世界史は面白いと感じるんだけど、嫌いな人は、ここが嫌いなのかもしれないなあ。

 ちなみに、その模擬授業の様子を、教授がビデオに撮っていて、ダビングしてくれました・・・。が、怖くてそんなビデオは見ていません。でも、誰かいると恥ずかしくて見れないし・・・。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

May 26, 2005

一押し!世界史!

 小学校の頃から、社会科が大好きだった。社会なら、地理でも、歴史でも、公民でも、何でも好きだった。知れば知るほど、世界が広がった気がしたし、現実世界に対する知識が豊富になっていったと思う。学校の先生や、大人と話が合うのが楽しかったし、新聞を読んでも、背景を知って読むのと、知らないで読むのとでは全く異なっていた。友達に物知りと思われるのも、嬉しかったのかも知れない。社会が好きになったきっかけは、小学生の頃に塾に通い始めてからだ。小学校の社会の授業は、つまらなく思える程、塾の社会の授業は面白かった。中学・高校になってからも、その社会科好きは変わらなかった。
 高校に上がると、「世界史」に出会った。この科目が、本当に面白かった。先生の授業が、毎回楽しみで仕方なかった。勉強が苦じゃなかった。どんどん、習いたかった。世界史が、大好きで大好きで、大好きだった。
 今、私が持っている知識のほとんどが、世界史からだ。地理でも、政治に関することでも、世界史からの応用だ。私の独断と偏見では、およそ世間に言われている「教養」とは、世界史の知識だ。勿論、それだけではないけれど、私は、絶対に世界史を学ぶのが一番勉強に良いと言う、世界史最強論者だ笑。
 
 世界史の醍醐味は、そのスケールの大きさにある。世界の何千年という営みの中から見れば、日本なんて、小さい国の一つにしか過ぎない。大きな流れを捉え、細かい支流に掻き分け入っていく。その、知識の発掘が、非常に面白いのだ。まずは、歴史そのものの流れ。現在の世界を知るには、過去を理解する必要がある。そうでなければ、異なる国同士の人々が、心から互いに分かり合えるはずがない。世界史は、人の流れだ。人は、戦争ばかりして来た訳ではない。多くの、有益な遺産を残している。書物・宗教・音楽・絵画・建築物などの文化・芸術がそれだ。これらは、貴重な文化遺産だ。
 私は、世界が好きだ。世界遺産も好きだ。そこに佇み、何百年も前も、同じ場所で人の生が動いていたのかと想像すると、鳥肌が立つ。何百年後も、私と同じように同じことを感じながら佇む人がいるのだろうか・・・。芸術作品を見るのも好きだ。宗教的な背景を感じながら、描かれた世界を想像すると面白い。

 世界史は、単純に年号や事件、人名を覚えるだけの勉強ではない。そこから、繋がり得る現在を感じ取るのだ。それから、現在への教訓を得るのだ。経済も、政治も、人が勝ち取ってきた権利の総合体だ。辛い過去でも、厳しい過去でも、向き合うべきだ。全世界共通で、必要な作業だと思う。

 文化・芸術は、その当時の傑作など、何百年と時を経ても、人々を魅了して止まない。時を隔てても、人の芸術への関心や、感覚は、古代も現在も変わらないのかもしれない。世界に散らばる、美術館や世界遺産全てを巡るのが、私の将来の野望だ笑。とにかく、私は世界史が大好きなのだ。面白さを、教えてくれた高校時代の世界史担任の先生に感謝したい。先生に会わなければ、ここまで好きにはなっていなかったと思う。世界史万歳!!

| | Comments (0) | TrackBack (0)

May 21, 2005

運動会見学

 今日は、大学の障害児教育方法論という授業の一環で、都内にある養護学校の運動会の見学に行った。自宅から、何と片道2時間も掛かる場所にある。ひたすら電車に乗り、眠りながら2時間。やっと着いた最寄り駅はこんな感じ。050521_1340.jpg単線でとてものどかな場所だ。駅を降りて、畑や、遠くにある山や動かない観覧車を横手に見ながら、歩くこと10分。目的の学校に到着する。既に競技は始まっていて、校庭では徒競走が行われていた。構内はとても広い。そして、綺麗だ。平成9年開校したばかりの学校で、校舎の至る所には、様々な配慮が為されている。低めに設定してあり、二段階ある手すり・全面フローリングで段差がない床・ドアは横に引くドアなど、徹底してバリアフリーが為されている。これから、校舎を新しく作るなら、ここまでか、それ以上に配慮された建設になるのだろう。とにかく、驚いた。

 競技は、知的に障害のある子供たちは校庭で、肢体に不自由のある子供たちは体育館でそれぞれ参加していた。個々の能力に応じた競技が考えてあって、ユニークな競技が沢山あった。パンフレットを見ただけでは分からない、初めて見る競技もあった。私は、これまでに知的障害の子どもたちの運動会を見たことはあったのだが、肢体不自由の子供たちの運動会は初めてで、主にそちらを見学させてもらった。
 私が、見学したのは、リレーとハンドサッカーという競技。リレーは、個々人の能力に合わせて走る量が異なっている。例えば、ゆっくり歩ける子は1周、車椅子の子はコーンを回りながら2周、バスケットボールをドリブルしながら1周の子もいたし、他にも、3メートルとか、走る距離・方法を、工夫しているのだ。ハンドサッカーは、車椅子バスケットに近い。が、ゴールがバスケットゴールではなく、ハンドボールのゴールみたいな感じだ。そこに直接入れても良いし、ポイントゲッター・スペシャルシューターなど、ポジション別になっていて、その特別ポジションにパスしても、ゴールになり、さらにもう1本シュートを打てる権利が貰えるなど、様々にルールがある。ハンドサッカーが、特に面白く、試合も前半・ハーフタイム・後半と別れていて、中々本格的なのだ。自分もやってみたいと思ったほどだ。
 競技に関して、能力に応じて変更していた。それが、いとも自然に行われていて、決して変ではなかった。子供たちも、誰一人文句は言わない。それは、能力の違いを、「差」として捉えて変更しているのではなく、条件の最適化という形で補正して、競技のバランスを保っているからだと思った。このことは、障害に関係ない。この社会で、必要なことではないかと思う。

 白熱したハンドサッカーを見学した後、大学の授業の先生でもある校長先生に校舎を案内してもらえることになった。とても広くて、一人では回れなかったので、非常に有難かった。文部科学省のモデル校にもなっているこの学校は、都内にある養護学校でも進んだ取り組みを行っていると思う。この学校を、理想として、基準としていくなら、どれだけお金が掛かるのか。どれだけ先生が必要なのか。どれだけ周囲の理解が必要なのか。どれだけ、行政側は後押し出来て、先導出来るのか。疑問は尽きないけれど、逆に、まだまだ未開拓の部分があると思った。その未開拓の部分を、自分は行政側から開拓していきたい。校舎を回りながら、子供たちと保護者の姿を見て、改めてそう思った。

 午後14時頃には、校舎を後にした。まだ、お昼ご飯を食べていないことに気付き、途中の乗換駅にあるサンエトワールというパン屋さんで遅めのご飯を食べることにした。選んだパンは、「どっこいさつま」というサツマイモがぎっしりつまったパン。ゴマが生地に練りこんであり、サツマイモの甘さを抑えてくれる。サツマイモの甘さと、ゴマの香ばしさが合わさって、非常に美味しいパンだった。050521_1402.jpg
また、2時間を掛けて帰宅する。ちょっとした、小旅行のようだった。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

April 12, 2005

教育経営論

 今日は、2限のみ授業!!これぞ大学3年生の授業の取り方。まあ、他の日は4つも5つも授業はあるんだけど。今年は、60単位ですよ。3年間で、一番多いし・・・。教職最低・・・。
 今日の授業は、「スクールマネイジメント研究」。少人数学級や、株式会社立の学校、学校評価など、教育経営について学ぶ授業。まだ卒論のテーマは決めてないけど、こういう方向でいきたいので、頑張ろうと思う。

 いつも、教育学の授業を受けていて、気になるのは、そこで扱う「学校」とは、「普通の学校」が前提であるということ。これに、物凄く違和感を覚える。なぜ、そこに障害児は入らないのだろうか。

  考えると、限が無いから?
  考えても、意味が無いから?
  考えても、需要が無いから?

 やっぱり、そこには見えない格差がある様に思う。学校選択制が導入されても、それは普通学級の話。相変わらず、障害児に選択肢は無い。教育とは、普遍的に与えられるものだと思うのだけれど。

             「彼ら・彼女らに、適切な教育制度を建設する」

 これだけは、誰にも譲れない将来の目標。ずっと、ずっと、感じてきた違和感。これを、いつかは解消したい。
その為には、努力をしよう。誰に、何と言われても。


 

| | Comments (0) | TrackBack (0)