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July 11, 2009

結実

 8日が来るのを、1ヶ月以上も前から、ず~~~っと楽しみにしていました!実は、その日は、午後から半日年休を頂いて、高校時代の恩師と会う約束をしていたんです。早く母校に行きたくて仕方無い・・・。逸る気持ちを抑えて、午前中に山積みの仕事を出来る限り対処し、最後は放り出して午後一番で退社してきました笑。





 約束は午後5時だったので、2つの用事を済ませてきました。1つは、パスポートの切替申請。今年の秋に有効期限が切れてしまうので、切替が必要でした。作った当時は、まだ未成年だったので、5年用しか作ることが出来なかったのですが、今回は10年用で申請してきました。それにしても、あれからもう5年も経つのか・・・と思うと、何だか不思議です。色が切り替わったパスポートを、来週には取りに行こうと思います。






 2つ目は、ついに「東京都私学適性検査」の受験を申し込んできました。願書郵送申込である東京都教員採用試験と違って、私学適性検査は、申込会場で願書を直接提出しなければならないので、休みが取れなかった昨年は、受験申込さえ出来なかったのですよ。今年は、意地でも休みを取得したので、出願してきましたが・・・、おぉ・・・とうとう後戻り出来なくなりました汗。が、頑張らねば・・・。



 
 申込会場では、科目毎に、出願受付され、受験番号を割振られるのですが、自分の受験番号を見て、世界史の受験生も結構多いのだなあと思いました。しかも、昨年の採用実績を見ると、330人近い世界史受験生の中から、専任教員は、たった6人しか採用されていません・・・。う~む、非常に狭き枠ですね。東京都や、民間企業の採用倍率よりも厳しい数字・・・。現実を目の当たりにしました。とは言っても、そこで意気消沈はしていません。どの様な状態であっても、自分の場合は、勉強するしか道はありませんから。





 その会場では、教職教養と専門教科の過去問が販売されているので、どちらも購入しました。専門教科については、過去問を見て、率直に、感じたまま誤解を恐れずに言うならば、現役の自分なら、多分解けたと思う。問題なのは、過去問のレベルではなく、その問題が解けない「今の自分」ですね。現役の自分なら、難なく解いてしまったであろう問題に対して、1つ1つを用語集を引きながらでないと答えが出せない今の自分・・・。自信を持って答えを導き出せない今の自分・・・ああ、何て情けないんだろうか涙。死に物狂いで頑張らないと!非常に悔しいので、頑張ることにします。







 その後、しばらく適当に時間を潰してから、母校へ!去年の10月に突然訪問しているので、約半年振りです。今回は、事前にアポを取っているので、すれ違う心配はありませんでした。恩師以外にも、久々に多くの先生方に会って、とても楽しかったです。一方で、全然知らない先生もいて、卒業してから時間が経っていることを実感しました。





 恩師とは、沢山話をしました。忙しい中を約5時間も、途中で夕飯を食べながら、私の話に付き合って下さいました。今の学校のこと、先生が取り組んでいる現在の活動、NHKの考えさせられる番組のこと、私が教員採用試験を受験すること、私が中高生だった頃のこと、他の同級生のこと・・・etc





 先生が、私のことを覚えて下さっているのも嬉しいし、ご自身の話をして下さることも嬉しかった。先生とは不思議な繋がりがあって、もし、先生が教員でなかったとしても、「いずれ会っていたかもしれない」という事実が分かった時、やはり「縁」というものはあるのだと思いました。







 今回は、1つ、とても嬉しかったことがありました。

 それは私が大学4年生の時。教育実習終了後、先生の紹介で、とある生徒に会ったのです。「話相手になってあげて欲しい」というその依頼に、私は「縁」を感じながら会ったのでした。その生徒とは、昼過ぎから5時間近く話をしていたと思う。難しい話ではなかったけれど、お互いに、在りのままの話をした(当時のブログ記事はこちら)。その後、当時高1だった彼女を連れて、大学のオープン・キャンパスで案内もしたけれど、そこで、彼女との交流は終息した。






 あれから3年が過ぎた。彼女はその後、どの様な進路を選択したのかがずっと気になっていた。そこで、先生に訊いてみた。「彼女は、どうしているんですか?」


 


 

 ・・・先生は、彼女が、とある国立大学の教育学部に進んだことを教えてくれた。その結果は、彼女が非常に努力したことを示すものだった。何故なら、当時、高1だった彼女は、遅刻・欠席は頻繁だったし、授業には教科書やノートを持って来ない、真面目に授業を受けない。従って、はっきり言って、成績も良くなかった生徒だったから。そんな状態の時に、出会ったのが私だった。





 

 その日が、「ターニングポイントだった」とは、彼女の母の弁。それまで、目標が無かった彼女が、自分で自分の進路を考えて、その道を進んでいく様に変わったのだと。彼女は、本当は、私と全く同じ進路に進みたかったらしい。しかし、それは叶わなかった。でも、同じ学問が勉強できる、いや、私が通った大学よりも、もっと専門的に勉強できる大学に、彼女は自分の力で進学した。それは、本当に凄いことだし、彼女は人一倍努力したのだろう。その事実に、私はとても感動した。





 先生曰く、「あなたと引き合わせたけど、変わるかどうかは本人次第だし、そんなに強い子ではなかったから、変わるとは実はそんなに期待していなかった」とのこと。だからこそ、彼女の人生に大きな影響を与えるきっかけを作った先生も、嬉しそうだった。先生が動いて下さっていなかったら、彼女の人生は、また違ったものになっていたと思うし、実際、先生もそうおっしゃっていた。「恐らく、何も考えずに、系列大学に進学していただろうね」と。系列大学に進学することが悪い訳では決してなくて、「自分の目標を定めて、自分の意志で進学していない未来」もあっただろうという話。






 

 彼女の卒業式の日。先生は、担任ではなかったし、多くの生徒に囲まれていて、彼女と最後に会話出来なかった。彼女は、その代わりに、手紙を置いて行った。そこには、先生と、私との出会いへの感謝が記されていたそうだ。そして、現在、彼女は自分の力で選んだ大学で、障害児教育を学んでいる。








 そこまで聞いて、私は本当に嬉しかった。こんなに嬉しかったことは、今までにないかもしれない。心底嬉しかった。出会ったのは、たった2日間だけ。でも、そのたった2日が彼女にとって大きな出来事だったのなら、自分が少しでも役に立てたのなら、ああ、会って良かった。何より、恩師が引き寄せた縁が、こんな風に結実するなんて、思わなかった。






 その話を聞いて、心温まったと同時に、自分も頑張らないといけないと強く思った。先生と色々な話をして、彼女の話も聞いて、「やはり、人を育てる仕事はとても大切なことだ」と思ったんです。人事総務も、その人の人生を大きく左右する仕事だけれど、教員は、また違う。心がまだまだ未熟で、定まってなくて、ある意味柔軟、ある意味不安定な子どもたちに対して、本人たちがはっきりと気付かないところで、実は羅針盤を渡してあげられる。自分が教員になりたいなと思うのは、世界史も大好きだけれど、そうしたことを自然にしていた恩師を尊敬し、今でも憧れているからなのかもしれない。







 半年振りに会って良かった。やっぱり、私にとって、先生の影響はとても大きい。今の上長も尊敬出来るけれど、私にとっては、先生は唯一無二の存在だと思う。本当に受験するのか、受験して本当に職を変えるのか。曖昧だった気持ちに整理を付けて、あと1ヶ月半、真面目に勉強します。そして、いつかまた、彼女と再会出来たら良いなと思っています。

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