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December 22, 2007

 



 自分の中で、切れてしまった。



 
 必死に繋いできた糸が、切れてしまったのを感じる。




 自分で、一生懸命保とうとする理性。




 それでも、次第に何かが揺らいでいくのが分かった。



 
 磨耗していく神経。






 今月に入ってから、終電の毎日。仕事量は多いのかもしれないけど、自分の手際が悪いものだから、量は溜まる一方で、一向に減りはしない。誰も、悪くはない。自分の能力が足らないだけ。だから、仕事を終わらせる為に、定時後も残っている。やらないと終わらないし、終わらないと迷惑が先輩方に掛かる。だから、帰らない。帰ったら苦しいのは、結局、明日の自分だ。





 夕飯は、家に帰ってから食べている。夕飯と言えるのだろうか・・・時計は、既に翌日を示す。夕飯が取ってあるのは有難い。助かる。遅いのに、眠かったり具合が悪かったとしても、起きて待ってくれている母には、感謝している。1人暮らしだったら、在り得ない待遇だと思う。有難い。でも、遅くまで待たせて、心から悪く思うし、申し訳なく思う。心苦しい。






 家に帰ってきて、ようやく一息ついて夕飯を食べる。・・・これは、いつものことだ。ところが、木曜日、流石に遅い日が続き、両親は心配を通り越し、半ば怒っていた。でも、会社に対して出されたであろう言葉は、目の前にいる私に向かう。






 「もっと早く帰ってこれないのか」
 「何で、こんな時間なんだ」
 「一体、お前の会社はどうなってるんだ」
 「異常だ」
 「過労死したらどうするんだ」
 「何で、こんなに働いてるんだ」
 「切り上げて帰ってきたら良いだろう」





 ・・・心配して出てきたであろう言葉は、私には、心配を通り越して、尋問されている様な響きを持って届いた。





 「もっと早く帰ってこれないのか」
 ・・・自分の手際が悪くて、仕事が終わらなくて帰れません。




「何で、こんな時間なんだ」
 ・・・自分の要領が悪くて、こんな時間まで掛かります。





「何で、こんなに働いてるんだ」
 ・・・自分の理解力が悪くて、人一倍時間が掛かるからです。





 ・・・会社で疲れていた自分には、詰問されている様にしか、感じられなかったのが事実。私はただ、夕飯を静かに食べたかっただけなのに。夜中に、しなくても良いはずの口論をしてしまった。「ただ静か」に、夕飯を食べたかっただけだ。両親だって、ただ心配をしていただけのはず。自分が悪いから、無益な口論まで生み出してしまった。自分が、悪いのは分かっているけど、家でまで、精神を遣ってしまった。休めるどころか、磨り減らしてしまった。




 会社では、自分の能力が低いから、仕事が終わらない。ただでさえ、先輩にフォローをもらっているのに、これ以上迷惑は掛けられない。先輩も、本当は私のフォローなぞしていられない程、仕事を抱えている。自分で出来ることは、自分でしないといけない。会社では、誰も悪くないから、文句を言うこともない。





 家でも、誰も悪くない。両親は、ただ心配してくれただけであって、少しも悪くない。両親を心配させてしまう、自分が悪いのだ。自分が悪いと認識しているからこそ、何も文句を言えない。自分が、悪いんだ。自分には、何も出来ない。





 会社と家で精神を遣い、何とか出社した金曜日。





 ついに、決定打を喰らってしまった。


 今週初めから無力な自分をずっと感じていたからこそ、芯まで響いた。





 先輩から頼まれた仕事をやったのだけれど、それが間違っていた。自分は、それで正しいと思っていたのだが、違ったのだから、自分が悪い。




 先輩は、悪気があって言った訳じゃない。悪い人でも、嫌な人でもない。あの人は、仕事が出来る人だ。先輩は、悪くないのだ。





 「それ、『フツー』に考えれば、当然出来ることだから」
 「何で、そうなるの?『フツー』に考えたら、そうならないよ」
 「『フツー』に考えて。どうして?」
 「もう本当に、『フツー』のことだから」




 ・・・何回、『フツー』と連呼されたのか分からない。
 強調して発音された『フツー』が、自分には強烈に響いた。





 『フツー』のことも、『フツー』に考えられず、『フツー』に出来ない自分。







 自分は、無能だ。自分は、何でこんなことも出来ないのか。自分は、そんな些細なことも一人では出来ないのか。『フツー』ではない、自分・・・。








 ・・・何かが、切れてしまった。







 抑えきれない感情が、気付けば溢れ出ていた。










 自分は、何故、ここまで何も出来ないのか。会社では、自分が出来ないから、仕事が終わらなくて帰れない。『フツー』のことでさえ、『フツー』に出来ないのだから、仕事が終わらなくて当然だろう。


 家では、「何故、帰れない」と言われる。自分が、悪いからだ。一体、どうすれば良かったんだ。もっと、頑張らないといけないんだろう。もっと、努力しないといけないんだろう。もっと、もっと、もっと、もっと、もっと・・・。







 ・・・もう、限界に近いって。






 自分は、何て小さいのか。大体、こんなことで苦しんでいることすら、情けない。悩まなくても済む様に働けば良いのに、自分にはそれが出来ない。自分の努力が足らないから。自分は、何て弱いのか。自分で、自分が最も情けないと思う。・・・頑張るしかないのに。







 自分は、器が小さい。自分には、荷が重い仕事だったのだろう。自分のことを、見極めることが出来てなかった。分不相応だったのだ。










 火曜日、偶然にも乗り合わせた電車で、3人ほど隣の人が急に倒れて、痙攣を起こしていた。運良く、ホームで止まった時だったから、すぐに乗客の一人が、ホームにある非常ベルを鳴らした。その人は、「人」だった。自分は、呆然としてしまって、周囲の動けない「塊」と一体化していた。「人」が、「人」を助けようとしているのを前に、自分は、ただの「塊」だった。自分は、ポツリと、「AED」と呟くことしか出来なかった。「AED」を探そうと、ようやく「塊」から抜け出し、ホームに降りて探してみたけれど、すぐには見付からなかった。次第に治まる痙攣。結局、担架が来て、運ばれていった。






 その後、何事も無かったかの様に動き出す電車。「人」の命の前で、もしかしたら瀬戸際だったかもしれない命の前で、何も出来なかった自分。無力な自分は、普通に走り出した電車に乗って、目的地に無事に着いた。何て、自分は小さいんだ。命が一つ、戦っている前で、自分はリングにすら辿り着いていなかった。一体、何の為に、自分は心に強く、決めたことがあったんだ。あのことがあってから、強く、AEDについてこだわっていたのに、結局、いざという時、自分には何も出来なかった。自分は、小さい。そして、「『急病者』が出た為に遅れましてすいません」、という電車に乗っていた。普通に動いている日常。何も変わらずに流れていく時間。倒れた空間に、表情を変えずに乗り続けている乗客たち。湧き起こる違和感が、抑えられなかった。けれど、ああ、自分も、その流れに乗っている一人だ。







 火曜日、無力さを感じてから、中々回復出来なかった。「普通」に動き出す日常に違和感を覚えながらも、それに乗り続けている「普通」の自分。


 木曜日、無益な口論を自ら引き起こしてしまった。「異常」だと言われた中で働いているのだから、自分も「異常」だろう。


 金曜日、「普通」のことも出来ないと分かった自分。情けない。






 自分は、一体何なのだ。何の為に、働いている?分からない。どうしたら、良いんだ。・・・何かが、切れてしまった。キャパシティ・オーバーの様だ。







 張り詰めた糸が、切れてしまった。





 糸が、緩んでいく。






 もう一度、繋ぎ合わせようとする、理性。




 まだ、正常な理性がある分、救いがあるか。




 状況を打開するには、やるしかない。
 




 自分には、とりあえず、前へ進むことしか出来ないだろう。
 立ち止まっても、解決にはならない。
 能力がないのなら、培うしかない。
 養うしかない。経験を積むしかない。
 努力するしか、ない。



 

 糸は、切れてしまったら、緩む。




 でも、糸巻きから新しい糸を出して、張り直す事が出来る。





 もう一度、貼り直せるかどうかが、分かれ目だろう。




 自分は、張り直せる人間なのか、否か。



 
 緩ませた糸を捨てずに、しばし、眺めてみる。




 張り直す方法を、考えることにしよう。

 


 本当は、生きているだけで、有難いはずなんだ。
 どんなに苦しくても、命を粗末にはしたくない。
 自分の理性を保てるのは、その思いのお蔭だ。





 

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